「サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ」上映交流研究会リポート

2013年5月13日に行われた、日本映画テレビ技術協会「映像プロセス部会」 、日本ビデオコミュニケーション協会(JAVCOM)「技術研究委員会」主催の「サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ」上映交流研究会に参加しました。今回のような両協会がジョイントして行うイベントは初めてだそうです。
「サイド・バイ・サイド:フィルムからデジタルシネマへ」公式ページ
「サイド・バイ・サイド」はフィルムからデジタルシネマへの転換期を主題にしたドキュメンタリーで、キアヌ リーブスがハリウッドを中心に監督や映画に携わる様々な人物にインタビューをした作品です。
上映後の交流会では、情報が多すぎて整理ができない、結論が出ていないという意見もありました。フィルムとデジタルシネマのどちらが良いという話ではなく、様々な事象が複雑に絡み合った転換期の作品だと言えます。
映画とビデオ、 アナログとデジタル、 フィルムとVTR、 リニアとノンリニア、 ローカルとネットワーク、技術と演出、 商業と文化など、これら対比する事柄を紐解いていこうとする試みが、この作品の複雑さを増している要因だと思われます。

ビデオの登場

はじめ映画はフィルムしか存在しませんでした。ビデオの登場でチープで安いものが利用できるようになります。フィルムにくらべ画質は劣りますがビデオは機動性があり、その機動性を生かした作品が新しい演出の手法として認められます。
しかし、映画としてのビデオは「フィルムに劣る」、「満足ではない」という意見が大半を占めていました。
ビデオでもフィルムルックに見せるという手法が流行りました。色々な手法でフィルムらしく見せるために24コマで撮影したり、ビネットやカラーコレクションを加えたりといった処理でフィルムらしく見せる工夫が行われます。しかし完全に置き換わる訳ではありません。
大きな違いは解像度と粒子感、そしてダイナミックレンジです。これらがビデオでは明らかに不足していました。

演技者としてのフィルムとビデオの違い

フィルムで撮影する場合、時間とお金がかかります。「フィルムの回っている音がお金の音に聞こえる」とありましたがその通りです。フィルムのロールはビデオに比べ短時間しか撮影できず、必ずロールチェンジが必要になり、撮影後に現像が必要です。
一度しか撮影チャンスはなく、その結果は現像しなければわかりません。これが役者やスタッフにとって良い緊張感を与えます。失敗は許されません。
演技のスタートのときにカチンコが打たれます。本来は画と音を同期するためのものでした。しかし、演技者にとっては陸上のスタートに似た感覚があります。
キアヌはスキャナーダークリーの撮影の長回しに「もう、うんざりだ…」と言っています。短距離走者にマラソンを走れと言っているようなものでしょう。ロールチェンジによる休息は演技者のコンセントレーションを高めるために使われます。
その緊張感の中、全てがうまく行くと「魔法のような時間」が生まれます。それはラッシュ(現像)が出来上がるまでわかりません。多くの人が映画に魅せられるのは、この「 魔法のような時間」のせいなのかもしれません。

アナログとデジタル

映画で最初にデジタル化が必要だったのはVFXです。(昔はSFXと言われていましたが…)オプチカルプリンターで実際にフィルムを重ね合わせ露光する必要がありました。アナログな機械に頼るため「ずれ」が生じます。加工をコンピュータ上で処理するためにフィルムをスキャニングしてデータ化することになります。データにした物はフィルムに戻さなければならず、フィルムレコーダーが生まれます。
最終的にプリントするためにはダイナミックレンジを維持する必要があり、そのために生まれたフォーマットがCineonです。(後のDPXに受け継がれます。)コンピュータのモニターと最終的なフィルムは最終的に色を合わせるため、機器やフィルムに合わせたLUT(ルックアップテーブル)を使用しカラーマネージメントを行いました。
これらの行程がデジタル インターメディエイト(DI)と呼ばれます。デジタル化なくして今のハリウッドは語れません。

カメラと映写機のデジタル化

デジタルで中間処理を行う作品が増えれば必然的にカメラや映写機もデジタル化していきます。スキャニングやプリントにコストと時間が掛かるのと同時に作品の質を上げるためです。大きく流れを変えたのはスターウォーズでのデジタル撮影です。このときはまだ解像度が足りておらず、一部の技術者からは悲嘆の声があがります。
本格的にデジタルシネマの口火を切ったのはREDの登場からで、その後、各社から次々にデジタルシネマカメラが発表される事になります。今では2K以上の解像度で撮影が可能になりました。
同時に上映もデジタル化していきます。シネコンを中心にDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)を利用したプロジェクターが各地に導入されていきます。
価格であったり、コンパクトさであったり、コピーの容易さであったり、デジタルの優位性が勝った時点でアナログは消え行く運命にあります。

フィルムとVTR

「サイド・バイ・サイド」では語られていませんが、フィルムとVTRの違いがあります。フィルムで撮影するか、テープで収録するかの違いです。解像度の面で大きく違っており、結局VTRはHD解像度までしか収録できず、フィルムを超えられないまま姿を消します。
すでに、デジタル・シネマ・カメラとデジタル・ムービー・カメラの違いはわずかな違いしかありません。センサーサイズ、コーデックや解像度、ダイナミックレンジの問題だけです。

リニアとノンリニア

フィルムの編集はスプライサーを使って切貼りしますが、時間と場所と労力を必要とします。フィルムの編集には二つの工程があり、ラッシュ編集とネガ編集です。ネガは複製をとる場合もありますが、 基本的に一本しか存在しません。撮影したフィルムそのもののです。
そのためプリントしたものを使用し編集します。これがラッシュ編です。最初は手作業で編集していましたが、トーキーの時代に入り音と画を同時に編集する必要がありました。そこでスタインベックやムビオラというビュアーの付いた編集機が登場します。
編集の転換点はAVIDの出現でした。フィルムの編集環境を一変し、コンピュータ上で編集が可能になります。ネガ編集のためのオフラインとして使用されます。色調整等は日本の場合テレシネと大きく関係していきます。
参考:【コラム】フィルムの終焉とBMDによるCintelの買収 | MotionWorks.JP
ノンリニア編集では巻き戻しや早送りの必要がなく、コピーアンドペーストやアンドゥが使える利点があります。この利便性はもう戻る事ができません。

ローカルとネットワーク

フィルムとネットワークはあまり関係が無いと思われますが、映画の後半で述べられています。果たして映画が劇場で見る必要があるか?という点です。昔は映画がコミュニケーションの一つとして捉えられていました。
同じ映画を見て語り合う時間がありました。今はインターネットの普及でパーソナルな時代に突入しています。何処でも好きな時に好きなものを見ることができ、 大きな映画館に行かなくても携帯で見ることができます。 これは、シネマが別の形にシフトしていることを意味します。
ただ、本物に触れる機会が減っている事も事実です。

商業と文化

商業的に成り立たなければ継続していく事はできません。 フィルムも使われなくなれば無くなります。 映画は商業的であること、文化的である事の両面を持っています。大量消費時代に多くの映像が作られ、そして消えていきます。
フィルムは100年経っても見る事が出来る最善の映像アーカイブだといわれます。ただ、これも誰かが残そうとしなければ残りません。長期で最良の状態で保存するためには費用がかかります。誰が負担するのかというアーカイブの問題が常に残ります。上映後もアーカイブの問題が一番多く聞かれました。
後々商業的に利用するのであればその会社が負担すべきであり、文化的な資産として残したい場合は誰かが判断しなければなりません。
フィルムの危機:東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館見学会 | MotionWorks.JP
極端な言い方をすれば、いつまでも作品を残したいならばネットワークにアップするだけで、どこかのサーバーに存在し、誰かのHDDに記録されているかもしれません。(もちろんニーズが無ければ消えていきます。)

デジタルシネマの時代

すでに多くの人がフィルムを使わず、DSLRやシネマカメラで撮影をしています。低価格でRAWで撮影できる機材も増えてきました。これは時代の流れです。テレビも4Kになり解像度の問題は徐々にクリアになり境界線が無くなっていきます。「方法は問わず、何で撮ってもいいものを作りたい」という 数少ない若者の意見が印象的でした。

上映終了後

現像所の話では配給用のプリントとしてDCPが300本程度でそのうちフィルムのプリントが10本あるかないかという話でした。DCPが300本程度あれば日本全国の2千数百の劇場を賄えるそうです。
協会の方によると若い人に中には露出計の測り方がわからないもいるというお話も…。
また、配給元のアップリンクさんが提言していたのはDCI準拠のDCPの必要性です。制作者が意図したカラーで見れる環境が必要で、技術者の側から声を上げて欲しいという意見がありました。

まとめ

この作品はフィルムの「終わりの始まり」ではなくデジタルシネマの「始まりの終わり」に作られた作品な気がします。デジタルへ向かうのは必然的で、映画用の撮影フィルムの生産を終えた富士フイルムの本社に大きく掲げられた化粧品の広告が印象的に残りました。
一般社団法人 日本映画テレビ技術協会
JAVCOM – 日本ビデオコミュニケーション協会
UPLINK
富士フイルム

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