フィルムの危機:東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館見学会

もしかしたら、懐かしいあの作品はもう観ることができないかもしれません…。
フィルムはナマモノです。きちんとした状態で管理保存しないと次第に劣化していきます。もう時間との勝負です。
 
FacebookグループのVFX-JAPAN主催で、東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館見学会が行われました。東京国立近代美術館フィルムセンターは国内のフィルム作品を保管する国内唯一のフィルムアーカイブの設備です。
 

 

アーカイブってなに?

最近よくアーカイブという言葉を耳にすると思います。アーカイブとバックアップって何が違うの?と思うかもしれません。バックアップは複製物です。オリジナルが消失する危険性を回避するために複製を行います。
 
アーカイブとは書庫と略されますが、後に使うことを意識した保存方法です。ノンリニア編集で作業が終了した時にはアーカイブをとります。後でもう一度プロジェクトを開く可能性があり、再現可能な状態まで戻す場合に作成します。後で再現できなければ意味がありません。
 
フィルムアーカイブも同じです。フィルムを単に収集しただけでは再生できませんし再現できません。たとえ、そこに画と音が保存されていても、それを記録しているメディアが劣化したり、再現装置が古くなってしまっては本来あるべき形として再現できなくなります。
 
そのために収集・保存・上映までのプロセスを一貫して行う必要があります。これが図書館や博物館や一般的な美術館とは大きく違う点です。今回は、その一連のプロセスを見学することができました。
 

フィルムセンター相模原分館ってどこにあるの?

宇宙航空研究開発機構 JAXAの目の前です。JR淵野辺駅南口から約1キロメートル、歩いて15分くらいで、米軍キャンプの跡地らしいです。
 

収集すること

原則、映画フィルムで撮影・制作されたあらゆるものが収集されます。それに関する資料も収集され、スチル写真、ポスター、チラシ、脚本、撮影機、映写機、映画図書なども含まれますが、予算や収納スペースや人員などの問題で、優先順位が付けられています。
 
まず、自国の映画遺産の収集が第一で、特に破損したフィルム、散逸・減失・腐朽のリスクのあるフィルムで、原版および原版に相当するフィルムが優先的に収集されます。上映企画や国際交流事業などで使用するためのフィルムも優先順位に含まれます。
 
収集される物は劇映画だけではありません。記録映画であったり、最近は8mmや9.5mm、16mmなど自主映画やホームムービーなども収集しています。これらは作品性というよりも歴史的背景が重要で、フィルムアーカイブでは「フィルムを残す」部分が重要視され、中身についてはあまり問わないそうです。ただ、TVで放送されたフィラーのような何度も使われる素材は取り扱いに苦慮するようです。
 

どうやって収集するの?

購入、寄贈、寄託の形式があります。
 
購入は、著作権を持つ所有者から原板フィルムの複製物を購入する場合と、原板フィルムの所有者から借用するか所蔵フィルムを現像所に発注して、その複製物を購入する場合の2つのパターンがあります。
 
寄贈は、映画フィルムを所有者から所有権の譲渡で寄贈を受けます。所有者が著作権を持っている場合は著作権の移動は伴いません(原則として)。
 
寄託は、所有者との契約により原板フィルムを無償で保管するものです。現時点で寄託契約を結んでいるのは角川書店(旧大映作品などのフィルムおよび版権を継承)と松竹のみです。角川の大映作品は大阪イマジカで全ロール検査を行っているというお話でした。
 
最近では寄贈のケースが増えています。委託契約を結んでいない大手映画会社は独自で倉庫保存しており、その保存環境は各社様々で、商業的な関係か、ここ10-20年のメジャーな映画は入ってきていないそうです。
 

なぜフィルムをフィルムとして残す必要があるの?

 
フィルムセンターは国際フィルム・アーカイブ連盟 [ FIAF ]に加盟しています。世界のフィルムアーカイブにおいて議論が活発になって来た背景には、デジタルの急速な進化と大量消費時代のデジタルメディアの生産・流通という状況を前にした危機感からでした。
 
国際フィルム・アーカイブ連盟 [ FIAF ]
 
現時点では映画フィルムの保存・復元および長期保存に適したキャリアはフィルム以外に存在しません。
 
それは解像度やダイナミックレンジだけの問題ではありません。OSやネットワーキング等を含む再生装置や表示装置ハードウェア、ソフトウェアの相対的な寿命の短さもあります。
 
映画が100年少しの歴史に比べ、コンピューティングは20-30年でここまで進化しています。今のメディアがそのまま数十年後に使える保証がありません。一般的に長期保存が可能で大容量のLTOですら約2-3年ごとに世代交代が行われ、書き換える必要性があり、短期的に繰り返す変換作業のコストが発生します。
 
またデータを失った場合、ほとんど全てが一瞬で失われます。フィルムのように一部を補修するといった作業はできません。データになることで簡単にコピーが行えるのは利点ですが、不法な複製やデータの改変も容易に行えることを意味します。
 
これらのリスクを考えた場合、最適なキャリアが出現するまでは現存するフィルムはそのままフィルムとして残すのが最善の方法だと結論付けているようです。
 

安全に長期保存する

 
フィルムを長期保存するためには温度と湿度を管理することが重要です。低温低湿の環境が整った施設に置くことで、その余命を飛躍的にのばすことが可能ななります。フィルムはベース層(支持体)と乳剤層で構成されます。ベース層が作られた年代によって大きく3つに分類されます。
 
ナイトレート・フィルム(NC)
可燃性フィルムと呼ばれています。映画フィルムの誕生から1950年代前半まで35mmフィルムに使用されていました。ニトロセルロースから作られ、段階を経て劣化が進行します。琥珀色に変色し溶け出し悪臭を放ち、最終的にはぼろぼろの粉状になってしまいます。
 
劣化の進行に伴い発火点が下がり、さらに燃えやすくなります。ナイトレート・フィルムは消防法により危険物第5類に指定されていて、消防署に届出をすることで10kgまでの保管が可能ですが、それを超える場合は法定の建屋に保管することが義務付けられています。そのため重要文化財指定を受けた3作品以外は別の場所に保管されています。
 
トリアセテート・フィルム(TAC)
16mm 9.5mm 8mm(シングル8を除く)など小型映画の規格では発売当初から使用され、35mmフィルムでは1950年代前半から使用されました。
 
このフィルムは高温多湿において加水分解を引き起こします。この劣化現象は『ビネガー・シンドローム』と呼ばれています。劣化症状は、フィルムの縮み・反り・捩れ・軟化・硬化・酢酸臭・乳剤とベースの剥離・カラーの退色などを生じます。分解し酢酸が出ることから酸っぱい臭いを感じます。一度劣化が発症するとガスの影響で劣化が急激に進行します。今でもネガフィルムは一部トリアセテートが使用されています。
 
ポリエチレンテレフタレート・フィルム(PET)
ポリエステルの一種でペットボトルと同じ素材です。1980年代以降、特に上映用ポジフィルムに使用されていて、温度20℃相対湿度50%の室内環境において数100年から1000年の寿命が見込まれています。
 
温度と湿度から生じる劣化症状に加え、乳剤層にも、光、熱、湿度など様々な要因によって、変色や褪色等を引き起こします。また、ゼラチンのカビの増殖や映写による物理的な傷みなどもあります。
 
映画フィルムの長期保存を可能にする一番の条件は低温低湿の室内環境です。
 

映画保存棟Ⅰ

始めに見学したのは1986年に竣工した映画保存棟Ⅰです。入り口には防寒具が常設されていました。地下2階まで下がるとかなり寒いです。温度5℃、相対湿度40%で保たれ、主に所蔵フィルムを収納しています。
 

 
9室ある1室を開放していただきました。日本ファイリングの電動の専用棚が設置されており、収納時には自動で棚の間隔を開け空気が循環する様に設置されています。
 
日本ファイリング|東京国立近代美術館フィルムセンター
 
フィルム缶もフィルムセンター特注の空気が循環する様に作られたフィルム缶です。大田区の工場で作られているそうです。
 

 
通常の保存時はコアを抜き、包装も取り保存しているそうです。中心にかかる求心力によって破壊されやすくなり、定着液などの残留がビネガーシンドロームを進行させるとわかったためです。明らかにビネガーシンドロームを発症しているものは、酸吸着・調湿剤により脱酸を行い、密封した缶に隔離します。
 
地下1階は温度10℃、相対湿度40%に保たれ、所蔵ニュース映画、登録未了フィルムおよび寄託原板フィルムを収納しています。
 

 
フィルムをそのまま外気温にさらすと結露します。そのために地下2F、1Fとも各フロアに2部屋ずつ、ならし室が設置されています。夏場は計2回のならしを行うため、実際に出庫できる様になるまで1週間かかるそうです。再入庫時にも同様の処理を行います。最初は倉庫と同じ感覚で出庫要請を出しても時間がかかることがなかなか理解してもらえませんでした。
 

 
映画保存棟Ⅰ全体で35mmフィルム2000フィートシングル缶相当で約22万缶の収容能力があります。2012年5月10日現在での収納率は80%になっており、映画保存棟Ⅱの収容用能力は266,000缶になります。
 

映画保存棟Ⅱ

2011年に映画保存棟Ⅱが増築されました。至る所に映画を印象づけるような意匠が施され、フィルムを意識するような建築になっています。
 

 

 
映画保存棟Ⅱは「乾式除湿」の設定で温度2℃~10℃ 相対湿度35%の設定が可能で、保存庫全室、ならし室、検査室、仮置室において、ケミカルフィルターにより空気中の遊離酸を除去し、ビネガー・シンドローム対策を施しています。
 

 
映画技術資料室
映画技術資料室にはスプライサー、ビュアー、シンクロナイザー、映写機、オプチカルマシンなどの機器がそのまま保存されています。
 

 

 
映画フィルム検査室
映画フィルム検査室では技術補佐員(技術スタッフ)により フィルムの仕分けや ビュワー付き編集台を用いたフィルム検査および調査カードの作成がおこなわれます。
 

 
その際フィルムの種別等の調査項目に加え、編集台に敷設したビデオカメラにより画面上の文字情報等が採集されます。また、目壊れなど痛んだフィルムの修復作業やスプライスの剥がれ等を手作業で行います。
 
劣化や損傷が見られるフィルムを正確な状態で再現するために、 関係者へのヒアリングや文献調査に基づき、素材、技術、機器を用いて出来る限りその作品の正確な状態を再現する必要があります。限りなくオリジナルに近い状態でコンテンツを再現するためには、オリジナルネガもしくは最も近い素材から復元することが重要で、再現にあたり封切当時のプリントは復元時に最もレファレンスとして有効です。
 

フィルムセンターの役割

 
出版物に対しては国立国会図書館法において納入義務があります。「映画技術によって制作した著作物」も納入義務の対象になっていますが、附則により「当分の間、館長の定めるところにより…その納入を免ずることができる」とあるため、国立国会図書館では公式には映画フィルムを収集していません。
 
現在日本において、国(あるいは地方公共団体)が映画フィルムを収集・保存することを規定した法律や条例はありません。映画保存法のような法令も存在しません。
 
フィルムセンターは独立行政法人国立美術館によって運営されています。 現在フィルムセンターではデジタルでの生成物は修復中に生成したバックアップデータしかなく、デジタルで制作された映像はフィルムセンターでは保存されていません。
 

オーファンフィルムってなに?

2008年に設立された非営利の一般社団法人 記録映画保存センターでは記録映画会社からフィルム寄贈を受け原版保存しており、そのいくつかはフィルムセンターに運ばれています。自分も約20数年前、読売映画社(現 読売映像)でカメラ助手をしていた経験があります。
 
記録映画保存センター
 
ただし日本国内の現像所の倉庫には、引き取り手のいないフィルムが 数多く眠っており、これらはオーファンフィルム(オーファン=孤児の意味)と呼ばれています。映画には著作権や所有権があり、第三者が無断で利用することはできません。
 
CMやMVなどでテレシネした作品はビデオテープとして原版は残っているかもしれませんが、その素材のフィルムはいったい何処にあるのでしょうか…?
 
東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館は何となく懐かしい感じと、病棟のような雰囲気を感じました。フィルムが完全にデジタルで再現されるまで、もう少しここで眠っていてもらう必要がありそうです。もしかしたら、ここがフィルムにとって、最後の場所なのかもしれません…。
 
 
 
東京国立近代美術館-フィルムセンター
 
一般社団法人 日本映画テレビ技術協会
 
VFX-JAPAN Home Page
 
 
 

4 thoughts on “フィルムの危機:東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館見学会

  1. @Patrick_Orouet says:

    「フィルムの危機:東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館見学会」http://t.co/25FKrtGpNQ とても丁寧なレポートだと思います。「現時点では映画フィルムの保存・復元および長期保存に適したキャリアはフィルム以外に存在しません。」

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